障害者アートの価値は、「障害のある人が描いた」という背景にあるのでしょうか。

それとも、一枚の作品そのものにあるのでしょうか。

大阪市城東区にある就労継続支援B型「マリアワークス京橋東」。施設内に入ると、壁一面に動物、人物、風景、食べ物、抽象画など、まったく異なるタッチの作品が並んでいます。

そのアート活動を牽引しているのが、株式会社マリアプロの執行役員であり、商用画家として活動する野本光恭さん、通称「アオさん」です。

ゲーム業界、会社経営、倒産、手描き看板、トリックアート——。

一見すると福祉とは離れた場所を歩んできたアオさんが、なぜ今、就労支援施設でアートを教えているのでしょうか。

そして、描いた作品を「作品」で終わらせず、「仕事」にするために何をしようとしているのでしょうか。

今回は、アオさんのこれまでの歩みと、マリアワークス京橋東が目指すアートの可能性について伺いました。

目次

  1. 絵を描きたくて入ったデザイン業界。でも、そこに「絵」はなかった
  2. 右手だけで遊べたゲームが、記憶に残った
  3. 会社を失っても、「絵を描ける」は残っていた
  4. アオさんが入って、アートが事業所の特色になった
  5. 「描いたら終わり」にしない。アートを仕事に変える
  6. 上手い・下手ではなく、その人の中を通って出てきたもの
  7. 「描くのが好き」から始めればいい
  8. 取材先情報

絵を描きたくて入ったデザイン業界。でも、そこに「絵」はなかった

内藤:
まず、アオさん自身がどういう経緯でアートの仕事に携わるようになったのか聞かせてください。

アオさん:
絵を描くこと自体は、物心ついたころからずっと好きでした。

それでデザインの専門学校へ行って、卒業後はグラフィックデザインの仕事に就いたんです。

ただ、僕は「グラフィックデザイナーになれば、たくさん絵を描ける」と思っていたんですよ。

実際に働いてみると、全然違いました。

当時は今のようにAdobeのソフトが普及していなくて、印刷物の文字を紙に貼ったり、版下をつくったりする仕事が中心でした。

先輩たちを見ても、ほとんど絵を描いていない。

「あれ、僕がやりたいのはこれじゃないな」と思って、1年ほどで辞めました。

アオさんが次に目を向けたのは、ゲーム業界でした。

雑誌でゲーム業界の特集を見たとき、「自分の描いたものが動き、操作できる」ということに面白さを感じたといいます。

その後、ゲーム会社でグラフィック制作に携わり、複数のゲーム開発を経験しました。

アオさん:
とにかく「絵を描く仕事がしたい」という気持ちは、ずっと変わらなかったですね。

右手だけで遊べたゲームが、記憶に残った

ゲームクリエイター時代。

アオさんの中に、今の仕事へつながる一つの記憶があります。

任天堂のゲーム機「バーチャルボーイ」向けのゲームを制作し、ゲームイベントで展示していたときのことでした。

アオさん:
イベントに、お母さんと一緒に来ていた子がいたんです。

その子は左手が不自由で、ほかのゲームだとなかなか遊べなかった。

でも、たまたま僕がつくっていたゲームは、右側にもある十字ボタンだけで操作できたんです。

だから、その子は遊べた。

何度も列に並んで、僕のゲームを遊んでくれました。

その光景を見ながら、「障害のある人とエンターテインメント」というものを、そのとき初めて少し意識した気がします。

今思えば、現在の仕事につながる原体験の一つだったのかもしれません。

作品やサービスのつくり方次第で、「できなかったこと」が「できること」に変わる。

当時は、それが将来の仕事につながるとは思っていませんでした。

けれど、その経験はアオさんの中に残り続けました。

会社を失っても、「絵を描ける」は残っていた

その後、アオさんは2001年に自身のゲーム会社を立ち上げます。

5人からスタートした会社は成長し、最終的には60人を超える規模になりました。

しかし2016年、さまざまな要因が重なり、会社は倒産します。

アオさん:

「さて、どうしよう」となったんです。

でも、一つだけ残っていたのが、「絵は描ける」ということでした。

だったら、もう絵で何とかするしかないと思ったんです。

そこから始めたのが、手描き看板でした。

最初は月の売上が数万円程度。夜中に倉庫でアルバイトをしながら、絵の仕事を続けました。

その後、看板会社との出会いから「トリックアート×看板」に挑戦します。

車両に施したトリックアートがテレビで紹介されたことなどをきっかけに、徐々に仕事が広がっていきました。

一度すべてを失ったあと、再び自分を支えたのも「絵」でした。

そんなアオさんのもとに、マリアプロとの出会いが訪れます。

アオさんが入って、アートが事業所の特色になった

株式会社マリアプロでは、複数の就労支援事業所を運営しています。

その一つが、今回取材した就労継続支援B型「マリアワークス京橋東」です。

現在、施設ではアート制作や雑貨制作などに取り組んでいます。

内藤:
マリアワークス京橋東は、もともとアートを特色にした施設だったんですか?

アオさん:
実は違うんです。

僕が入る前は、今のようにアートをやっていたわけではありませんでした。

僕がアートを教えられるから、「じゃあアートを事業所の特色にしていこう」という流れになったんです。

最初は、僕も純粋に「絵の先生」として関わっていました。

ただ、だんだん疑問が出てきたんですよ。

利用者さんが一生懸命描いても、それを売る人も営業する人もいなければ、作品はどんどんたまっていく。

「描いて終わりで、本当にいいんだろうか」と。

利用者さんが一生懸命描いても、届ける人がいなければ作品はたまっていく。「描いて終わり」で本当にいいのかと思ったんです。

そこで現在は、アートの指導だけではなく、その先の販売や仕事づくりまでアオさんが携わるようになっています。

「描いたら終わり」にしない。アートを仕事に変える

マリアワークス京橋東では、作品をつくるだけでなく、それを社会へ届け、仕事につなげる取り組みを進めています。

作品を企業や店舗へ。アートレンタルという選択肢

その一つが、アートレンタルです。

アオさん:
今、アート事業の中心として取り組んでいるのがレンタルです。

作品を飾っていただくことで、利用者さんの作品が施設の中だけで終わらず、外へ出ていく。

さらに、気に入っていただいた作品は購入してもらうこともできます。

さらに、取材時点では作品をふるさと納税の返礼品として活用するための準備も進めています。

LINEスタンプや展示会など、作品の届け方も一つに限定していません。

キャンバスだけではない。アートの使い道を広げる

内藤:
絵を描いて飾るだけじゃなくて、もっといろいろな形にできそうですね。

アオさん:
そうですね。

大きな作品もできますし、トリックアートでもいい。

絵本を書きたい利用者さんもいるので、その方とは電子書籍として出版することも考えています。

絵画だけじゃなく、グッズだったり、絵本だったり。

いろいろな形に広げていけると思っています。

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一枚の絵を完成させることをゴールにしない。

どこで使えるか。

誰に届けられるか。

どうすれば仕事になるか。

そこまで考えることが、マリアワークス京橋東のアート活動の次のテーマになっています。

上手い・下手ではなく、その人の中を通って出てきたもの

では、障害のある人が生み出すアートには、どんな価値があるのでしょうか。

取材の最後に尋ねると、アオさんは「まず、単純に作品が面白い」と答えました。

アオさん:
その人ならではの特徴が、作品に出るんですよ。

だから、「上手い」「下手」という次元だけじゃない。

アートって、その人の個性が作品に現れるから面白いと思うんです。

もしリアルに描くことだけが正解だったら、突き詰めれば写真でいいじゃないですか。

でも、その人が見たものが、その人の中で一度変換されて、作品として出てくる。

そこが面白いんです。

「上手い・下手じゃない。その人の個性が作品に現れるから、アートは面白い。」

Screenshot

アオさんは、障害を隠して「同じ土俵」に立つ必要はないとも話します。

アオさん:
その人が持っている個性を、生かさずしてどうするんだと思っています。

もちろん、作品として届ける以上は、作品そのものの魅力も必要です。

でも同時に、作品を飾ったり、購入したりしていただくことが、利用者さんたちの仕事や未来につながっていく。

そこも頭の片隅に置いて、楽しんでもらえたらうれしいですね。

「福祉だから買ってください」でもない。

「障害のことは関係なく、作品だけを見てください」でもない。

作品そのものの魅力と、その仕事が生み出す社会的な価値。

その両方を伝えていくことが、これからの障害者アートの一つの形なのかもしれません。

「描くのが好き」から始めればいい

最後に、マリアワークス京橋東の利用を検討している方へのメッセージを伺いました。

アオさん:
絵を描くことが好きなら、ぜひ来てもらいたいです。

それを仕事にしたい人でもいいし、「いつか絵本を出したい」といった夢がある人でもいい。

できる限り、一緒にお手伝いしたいと思っています。

それに、たとえ絵を描くこと自体が直接仕事にならなかったとしても、作品を考える想像力だったり、一つのものを完成させるまでの忍耐力だったり、完成したときの達成感だったり。

そういう経験は、別の仕事にもきっと生きると思います。

絵が描けるということ自体が、いろいろな場所で武器になることもあります。

だから、描くことが嫌いじゃない、好きだという方なら、まずは体験に来てもらいたいですね。

ゲームの世界で絵を描くことから始まり、会社経営、倒産、トリックアート、そして就労支援へ。

アオさんのキャリアは一直線ではありません。

ただ、そのすべてに共通していたものがあります。

「絵を描くことを、仕事にしたい。」

今、その経験は、自分一人の仕事をつくるためだけのものではなくなっています。

誰かの「描くのが好き」を作品にする。

作品を社会へ届ける。

そして、その対価が次の仕事や未来につながっていく。

マリアワークス京橋東の壁に並ぶ一枚一枚の絵は、完成品であると同時に、その人の未来へ向かう途中でもあるのです。

取材先情報

就労継続支援B型事業所 マリアワークス京橋東

  • 運営:株式会社マリアプロ
  • 所在地:大阪市城東区蒲生3-15-4 ドエル小泉2階
  • 取材協力:野本光恭(アオ)さん
  • 肩書:株式会社マリアプロ 執行役員/商用画家
  • 公式サイト:https://mariaworks.jp/mariaworkseast

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